大倶利伽羅
2017年8月、大倶利伽羅所有者様のお話箇条書き。大倶利伽羅関連のことについて。
・竜は王様。その土地のトップである人しか竜の刀は持てなかった。
・指3本は日本の竜。4本は韓国、5本は中国・台湾。大倶利伽羅の指は3本。
・大倶利伽羅は裏側(竜の彫りの反対側)が凄い。(続
返信 リツイート お気に入り
皆焼で金筋がガンガンあってギンギラギンのギンギラギン。
・大倶利伽羅は家康から政宗に贈られ、受け渡しは秀忠と忠宗の間で行われた。
・徳川家から贈られた刀に傷でもつけたらお家取り潰しの一大事。道中で傷がついたら大変なので、仙台まで運ぶことはなかったと思われる。
(続
返信 リツイート お気に入り
(仙台から移動しなかったについて、伊達の次の所有者の飯村嘉章氏から聞いたとのことでした。私見ですが、日本刀大百科事典には「1884年に仙台から東京へ移動した」と書かれているので、一時期は仙台にあった可能性もあると思います)
(続
返信 リツイート お気に入り
・地の美しさを大成したのは貞宗。その子か弟子の広光は賑やかな刃紋、皆焼で派手でギンギラギン。荒々しさと斬れ味を追求。
・倶利伽羅は不動明王の化身で自分を守ってくれるし戦にも強い。
・大倶利伽羅は元々は刃渡り1mはあったが磨り上げられ短くなった。
(続
返信 リツイート お気に入り
短くした時に厚みも減らしたので竜がのっぺりしているし、竜の上の火炎も削れてしまって、今はちょんちょんとしたのしか残っていない。
・おそらく実戦で使われた。
・刀は鉄を何度も折り返して作られるが、その折り返した時に隙間なく綺麗に鉄がくっつくと美しい地になる。
(続
返信 リツイート お気に入り
そして鉄は均一なものほどくっつきやすい。江戸以降は大規模なたたらができたため、質が均一な鉄が大量に取れたので見た目が美しい。それより前の時代は小規模の色んなたたらから鉄を持ってきて刀を作ったので、江戸時代に比べて均一ではないため鍛錬が難しい。(続
返信 リツイート お気に入り
広光はその不均一な鉄で上手く鍛錬ができる名人。(ここが書きたかった)
・大倶利伽羅は柔らかい鉄と硬い鉄が混じった無垢鍛え。柔らかい鉄を硬い鉄で包む今の技法よりもタフな刀。
返信 リツイート お気に入り
なんかわかりにくかったかもしれないので改めて書くけど、大倶利伽羅がもっとギンギラギンしてるのは竜の彫りがない面です。腰樋がある方。差表の方。佩裏の方。
返信 リツイート お気に入り