宗左文字
御朱印くださった方が神主さんなのかな、宗三について話していただいて、
「分捕ってしばらく大太刀として持ってたんだけど、使いやすい打刀にして、誉れとして今川からとったぞって書いた」
って言われて、しばらく大太刀として信長のところにあったっていうのと、使いやすくっていうのに爆発した
「抜いてすぐ斬れる打ち刀にして、実用性を求めたんだね~」
つまり、宗三は斬ること前提にすりあげられてる可能性
そういや信長が宗三を打刀したのは何度か試し切りして良く切れる刀だと分かったからすりあげたってなんかの本にも書いてあったよね・・・
だからこう、とうらぶの宗三は別に信長公のことは嫌っちゃいないだろうと思うんだよなあ。嫌なのは寧ろ信長の箔信長箔で大事大事してくる後の所有者というか
宗三は信長に使われることが嬉しくて、信長以外の手に渡った途端に大事な物として実戦には使われなくなってお飾り人生が始まって、ついには焼けちゃって再刃により元の左の姿も斬る力も失って、信長にもらった金象篏銘だけが残ってるからあんな性格、でいいのかな。
私宗三はなんだかんだで信長のこと心の底から嫌いではなかったんじゃないかと思ってたから嬉しい情報だなあ
信長様は宗三をずっと持ち歩いてたって記述どこかになかったっけ?
そう言われてみればすり上げって自分の使いやすいようにするってことだもんね。宗三はへし切と共に織田信長の実用刀だった線が濃くなった?
宗三が織田時代はちゃんと使われてたって話を聞くと回想の台詞がこう、感慨深くなりますね
天下人の刀として使われずある事だけを求められるようになったのは信長の愛刀になったからだけど、織田時代は刀としては普通に幸せだったのかなって
うまく言葉に出来ない